キリルとミーシャ1 紅の戦乙女 

4e6dd022f7b780c86304383ef7b1a3f2 柊谷 信乃さんからのエピソード

夜中、いい加減灯りが消えないことを不審に思ったキリルは、光のある方へと足を運ぶ。そこには、涙に濡れた少女の姿があった。


ふと目が覚めた夜中の2時、僕、キリルは未だに消えない灯りがあることに気づいた。光のある方へ進むと、すすり泣く女性の声が聞こえた。何でそんな声が聞こえるのかわからなかったが、どこか聞き覚えのある声が泣いていたから、僕は声のする方まで近づいた。そこには安座で座り、膝に顔を埋めるミーシャがいた。
「お兄ちゃん……」
と呟きながら、悔しそうに泣く姿を見て、声をかけずにはいられなかった。
「ミーシャ、どうしたんだい?」
それに呼応するようにミーシャは僕にしがみついてこう言った。
「どうしてお兄ちゃんが死ななくちゃいけなかったの?何でなの?……何でなのかわかんないよ……。」
僕は彼女が何に苦しんでいるのか知る必要があった。だから、ここはそっとしておくつもりもない。
「僕のことが見えるかい?話を聞くから、涙を拭って一旦落ち着いてくれ。」
ミーシャ「うう……ぐすっ」
泣き始めてから随分経つ真っ赤な顔を拭って、僕は様子を見ることにした。
キリル「落ち着いたかい?」
ミーシャ「……なんとか。」
キリル「いったい誰が君を泣かせているんだ?」
ミーシャ「あんたには関係ないでしょ……」
キリル「関係ないかどうかは話を聞いて判断するよ。とりあえず今は話を聞かせてほしい。」
ミーシャ「……わかった。あんただけなんだからね。これはリーザにも話してないから。」
ミーシャ「言ったっけ?あたしにはお兄ちゃんがいたの。あたしにも優しくしてくれた、自慢のお兄ちゃんが。でも、今はもう死んじゃって逢えない……」
キリル「聞きにくいんだけど、いつ亡くなったの?」
ミーシャ「今から四年前のこと、あたしがリーザに捕まった日。リーザが出撃する前、あたしのお父さんがルナチャルスキー連邦に攻めるって言い出して、そのままお兄ちゃんが一緒に連れてかれたんだけど、無理を言ってあたしも付いていった。もうそれがダメだったんじゃないかって……」
キリル「何でそれがダメだったんだよ?君は大好きなお兄さんに付いていっただけじゃないか。」
ミーシャ「それがダメだったんだ、あんたがどう励ましてくれたって、それ以外に理由が考え付かない。あたしがさ、戦争中にルナチャルスキーの兵士に串刺しにされそうになったとき、ヴラディミールがあたしを庇ってくれた。それでヴラディミールは動けなくなった。お兄ちゃんは優しいから、あたしとヴラディミールを庇いながら戦ったの。……もちろん、お兄ちゃんならリーザなんか屁でもなかったし、リーザのお兄さんもあたしのお兄ちゃんには絶対勝てない。そんな強いお兄ちゃんを殺したのはたぶんあたしだ。あたしがへまをやらかさなければ……そもそも、あたしさえいなければ……!」
そこまで言って、再び彼女は泣き崩れてしまった。
話を整理すると、ミーシャが兵士の攻撃を受けそうになったのを庇って動けなくなったヴラディミールと心配な妹を守りながら戦ったものの限界が来て、ただの兵士に殺されたという落ちなんだと思う。それは確かに悪いことだが、その話だとお兄さんはミーシャに看取られて死んだことになる。まったくなにもかも不幸だ、とは言い切れない。少なくともお兄さんの目線で考えれば、だ。
ところが彼女は違う。大好きだから付いていったし、大好きだから役に立ちたかったのではないか。それが、かえって足を引っ張り、兄が帰らぬ人となってしまったから、自分を責めてしまっているのではないか。
キリル「ミーシャ、話はだいたいわかったよ。……今さら遅いかもしれないけどら僕からもご冥福をお祈りする。」
ミーシャ「……」
キリル「ところで、どうしてそんなにお兄さんのことが好きなんだい?」
ミーシャ「……あたしに優しくしてくれたのは、お兄ちゃんだけだったから。あたし、叶うんだったら……この血さえ繋がってなければ……ううん、生きてさえいれば、結婚したかった。お兄ちゃんが死ぬまでは、本気でそう思ってた。」
キリル「そうか……!惜しい人を亡くしたんだな、僕たちは。お兄さんがどんな人だったのか、ミーシャの生い立ちと一緒に教えてくれないか?」
ミーシャ「わかった。お兄ちゃんはね、必要とされて生まれてきたの。だから、お父さんとお母さんの愛情を一身に受けて育った。国民もお兄ちゃんのことはちやほやした。あたしはそんな風には歓迎されなかった。お父さんもお母さんも、あたしが男の子だったらよかったのにって思っていたらしい。それであたしのことを戦士に仕立てあげた。」
ミーシャ「ただ、お兄ちゃんは女の子として生まれてきたあたしのことを認めて、いつもそばに置いといてくれたの。あたしは、お兄ちゃんが他の人たちから愛されてるとか、そんなことは当然だと思ってたから、特に嫉妬もしなかった。」
ミーシャ「それでも、お兄ちゃんのことが好きだったし、あたしにはお兄ちゃんしかいないと思っていた。だから、あたしはお兄ちゃんに結婚してって言ったの。お兄ちゃん、断らなかった。あたしに自分しかいないことを知っていたから。あたし、それが本気であたしを選んでくれたんだと思ってたけど、今思うとそう言うことなのかなって。妹が兄に恋するなんて、禁忌でしょ?」
キリル「……いや、禁忌なんかじゃない。叶わないだけだ。お兄さんもきっとミーシャの気持ちは心から受け取っていたと思うし、ミーシャのことが好きだったと思うよ。いっそのこと、君かお兄さんがどっちかの部下だったら、その恋は実ったのかもしれないけれど。」
ミーシャ「その恋は、無知な私がお兄ちゃんという男しか知らなかったから馳せたもの。今はもうわかってるの。それに、あの日々を取り戻したいとは思わない。でも、お兄ちゃんのいない時間が、すごく寂しくなった。」
キリル「もう逢えないからかい?」
ミーシャ「それもあるけど、もう私には恩返しする機会も与えられないのかって、そういう現実を突きつけられた現在に寂しく思う。今だって、会いに行こうと思えばこの槍を……」
キリル「ふざけるな!それじゃあなんのためにお兄さんが君とヴラディミールを護ってきたかわからなくなるじゃないか!」
ミーシャ「でも、逢いたいの……もうなんなの……お兄ちゃんみたいな眼でこっちみてさ、思い出しちゃうじゃない……泣かせんなって……ぅ、うああぁぁぁぁぁあ!!」
一頻り話し終わり、ミーシャの泣き声と共に夜が明ける。僕の眼をお兄ちゃんみたいだと言い出し、思い出して泣いてしまうミーシャのことが、何だか処刑された妹の生前をを思い出させるようで、つられてこっちも泣いてしまった。


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