緑色の架け橋 

65ff531611ad7e90fec944856852aab7 アキ@船長さんさんからのエピソード

シルロッソ 後編

買い物帰りの夜道を歩くミドリは、二人きりで歩くシルクとロッソを目撃する。
思い出話にふけりながらロッソをからかうシルクと、シルクにまるで頭の上がらないロッソ。
そんな二人を見ていたミドリは、とある『疑問』を口にする。

(著者:くろやり)


「な~まこ~♪ な~まこ~♪」

 鼻歌を口ずさみながら、夜の街を散歩する。
 今月のお小遣いが入ったミドリは、嬉々としてショッピングに出かけていた。
 みんなで食べられる美味しいお菓子でも買おうと思ったのだが、選ぶのに時間がかかってしまった。気づけばとっぷりと日は暮れ、そろそろ帰らないとマスターに怒られそうである。

「こんな時にエクレがいてくれれば一瞬で移動できるのになぁ」

 ものぐさなことを考えながら、人足もまばらな路地を縫うように抜けていく。
 アローラベトベターが道端に落ちた生ごみを漁っている。彼らのおかげで清潔が保たれているとはいえ、それを理由にポイ捨てする人間がいるのは少し悲しいことだ。

「色々買いすぎちゃったけど、うちって人数多いから食べ切れるよね……あれ?」

 迷路のような路地を抜け、開けた通りに出たところで、両手にぶら下げた買い物袋の揺れが止まる。
 見覚えのある人影を視界に入った。足を止めて目を凝らせば、二人組の後姿を遠方に捕らえた。

「おや。これはこれは……!」

 白い街灯に照らされた散歩道を、自分と同じく自宅方面に向かって歩いていく二人組。
 女性の方が男性の腰を支え、危ない足取りでふらつきながら進んでいた。 
 キュピーン、と誰にも聞こえない効果音が鳴った気がする。

「ロッソ、しっかり歩いて。今日はそんなに飲んでないでしょう?」

「シルク、すまない。量を減らせばいいというわけじゃなかった。あのサワー、けっこうアルコールが強かった……」

「最近は飲みやすいのにアルコールが多いお酒も多いから。カクテル感覚で飲んでたら、あっという間に回っちゃうわよ」

 近くの茂みに思わず身をひそめる。植え込みに隠れるようにして、腰を落とす。
 こんなこともあろうかと持ち歩いていた黒い眼鏡をかけ、うわこれ全然見えないじゃん。

(前々からあの二人、怪しいと思ってたのよねー! こんな時間まで二人で飲んでるなんて、そういうことよね!)

 黒いフレームをくいっと上げる。今怪しいのは間違いなくこちらである。
 シルクとロッソ。マスターであるカエデが、カロス地方を冒険した際に仲間となった二人だ。
 その時から飲み仲間として仲が良かったらしいが、こうしてアローラに集まった今でも時折二人で夜の街に出かけているのを見たことがある。
 同期でありロッソを慕うビートに尋ねたところ、『兄貴はかっこいい大人だから、夜遊びなんて当たり前だぜ!』などという何の参考にもならない返答を頂いた記憶がある。その割に君は夜すぐ寝るよね、不良なのに。

(うーん、流石に助けてあげた方が良いかな……)

 眺めていれば面白いことが起きるかなと期待するも、シルク一人で酩酊状態にあるロッソを連れて帰るのは大変そうだ。
 かといって今出ていけば、まるで尾行していたかのように見えるかもしれない。しているのだが。
 もう少し様子を見てから……と思った時、手元の違和感に気が付き視線を落とす。
 買い物袋がガサガサと、何かに引っ張られるような感覚があった。
 野生のベトベターが、その大きな口でビニール袋ごとお菓子を飲み込もうとしていた。

「ぅわあ! ダメダメ! それは生ごみじゃなーい!」

 思わず大声を出し、ベトベターを追い払う。
 熱心な掃除屋さんは、慌てて近くの側溝に流れるように消えていった。
 袋の中身は無事だった。ふぅ、と胸をなでおろす。

「えっと、何してるの……?」

 ぅわあ。
 気付けば茂みから立ち上がり、思いっきり姿をさらしていた。
 シルクとロッソが目の前で不審そうな顔を浮かべている。
 いきなり大声を上げるわ、怪しいサングラスをしているわで、どう見ても不審者だろう。
  
「え、えーっと……お、お散歩ですか? 暗いので気を付けてくださいね! では私はこれで!」

「いや、ミドリだろお前」

「はい」

 言い逃れに失敗した。黒い眼鏡は変装には使えないらしい。
 スッと眼鏡をはずし、懐にしまう。

「なんでわざわざそんな恰好をしてるの? あと、奇声を上げてたけど大丈夫だったかしら」

「奇声の方は大丈夫、ギリギリセーフだったから。そう、みんなで食べるお菓子を買ってきたの! ベトベターに取られそうになって危なかったんだよ~」

 あはは~と笑ってごまかす。
 シルクは小さくため息をついた後、右手を差し出してきた。

「片方持つわ。その代わり、ロッソを運ぶの手伝ってくれないかしら。だいぶ酔っ払ったみたいで真っすぐ歩けないのよ」

「すまない……いやホント、女性二人に世話をかけるとかありえないよな……」

「それ前にも聞いた気がするわ。あの時はマスターも一緒だったかしらね?」

「うぐ……」

 ははぁ、これは尻に敷かれておりますな。
 そんなことを思いながら袋を片方預ける。なんだかんだと体格のいいロッソを、このままシルクに任せて眺めておくほどミドリも悪人ではない。

「じゃあ私も手伝うね。ほら、ロッソしっかり」

「両手に花ね。もしかしてそれ狙って酔ったりしてるのかしら?」

 ロッソがまるで悪タイプのような目で否定する。無言で、勘弁してくれと。
 シルクが意地悪げにクスクスと笑う。こんなキャラだっただろうか。
 ほかの子たちと話すときは、こんな挑発的な物言いはしなかったと思う。
 少なくともミドリの目には、面倒見のよく欠点らしい欠点のないお姉さんという認識で映っている。
 三人で歩きだしたところで、思い切って踏み込んでみる。

「二人って仲良いよね。よく飲みに行くところ見るし。やっぱり昔馴染みだからかな?」

「う~ん、そうね。それもあるけど、ロッソは貴重な飲み仲間なの。ほら、マスターのところってお酒飲める子少ないでしょ? 旅をしていたころ、私の相手をしてくれるのがロッソだけだったから、お互いに好みとか飲むペースも知ってるし、今でもその付き合いが続いてる感じね」

「その割にロッソってお酒弱いみたいだけど……」

 ちらりとグロッキーな横顔を見る。
 両脇から支えられて何とかまっすぐ歩いている。口にはしないが、正直ちょっとカッコ悪い。

「自分のペースで飲んでくれればいいのに、話してる内に止まらなくなるのよ。二杯目くらいで私が止めるんだけど、話したいことが多い時は特に止まらなくなっちゃって」

「シルク、あまり恥ずかしいことを言わないでくれ。自覚はしてるんだ」

「ねぇねぇ、どんなことを話してるの? 恋バナ? 恋バナなの!?」

 目を輝かせる。これはきっとおいしい話に違いないと、ミドリの勘が言っている。
 シルクは「あはは」と困ったように笑い、ロッソは「やめてくれ……」とぼやく。

「何言ってるの。既にこんなカッコ悪いところ見られちゃってるんだから。これに懲りたら少しはペース配分を覚えなさいな」

 返す言葉もなくロッソが黙り込む。どうやら観念したようだ。

「恋バナ……そうね。他の子の事情に関してよく話していたわ。ロッソに懐いてるのが二人いるでしょう? 冒険中、あの子たちが自分に悪影響受けちゃったこととか、気を遣う場面が増えたりだとかで、ロッソったら真面目だからすごく悩んでたみたいでね。よく私にぼやいてたの」

 悪タイプってなんだろうと疑問に思うミドリである。
 それと同時に、例のバカップルの顔が浮かんで来る。

「チグサとクルールって、冒険してた時からあんなだったの? そりゃ気を遣っちゃうよねぇ」

「一体いつからだったかしらね。今でこそみんなからも知られてる公認カップルみたいなものだけど、当時はチグサに泣きつかれて驚いたわ。旅仲間のあんな事情知っちゃったら、思うことは多かったわね」

「それもあって、シルクと飲む機会は増えたな。『飲まないと話せないわね』ってドンペリ出してきたときはビビったが」

「良さそうなお酒買ったはいいものの、他に飲める相手がいなかったから……。飲むたびにロッソがこうして潰れるから、いつも介抱してあげたわね?」

 ヴッという、心停止したような嗚咽が聞こえてきた。
 ロッソが物凄い形相で睨んでくる。無言で「誰にも言わないでくれ」と伝えてきている。
 ミドリは「わ、わかったから……」と約束する。特にアンペルなどに知られたら、光の速さで全員に拡散されることだろう。そうなったらロッソは死んでしまうかもしれない。
 乙女は約束を守るのだ。
 
「バーでお酒を飲みながら、時にはバトルで活躍できない自分の弱音を、時には仲間内の関係性での悩みを聞いてあげたり。慕ってくれてる兄弟分たちの期待を裏切らないために、酔いつぶれてる情けないところは見せたくないのを知ってたから、こっそり部屋まで届けてあげたり。起きてくる時間に先回りして、酔い覚ましを用意して待ってあげたりしたわね?」

「そう列挙されると自分のダメさ加減がひしひしと伝わってくるな……何が恥ずかしいって、それを学習せず何度も何度も繰り返しているところだ。気を付けようとその時は思うんだが、酒に勝てない……」

「いいのよそれで。私は飲み相手としていてくれればそれでいいんだから。むしろ、私から飲もうって誘ってるんだし、多少はお互い様よね。その代わりロッソは、みんなのために気を遣って一番苦労してくれたじゃない。だから、全部投げ出せる時間があってもいいって思ったの」

「シルク……」

 話に置いていかれているミドリが、こほんと咳払いをする。
 なんなんでしょうこの会話は。聞いていて体がかゆくなる感覚を覚えるミドリちゃんである。
 あまりの糖度に、毒じゃなくて水あめを吐き出しそうである。

「シルクってみんなのお姉さんって感じだったけど、二人を見てると姉弟って言うか……まるで夫婦みたいだよね」

 ズシッ、と。
 ロッソを支える腕が重くなった。というより、前に進まなくなった。
 思わず慣性で転びそうになるミドリ。気付けばシルクも立ち止まっていた。

「あ、あれ? おふたりさん?」

 いつの間にか歩道を照らす街灯はなくなり、星々が照らすだけの薄暗い夜道に差し掛かっていた。
 木々の隙間から見えるのは満月。かすかに潮の香りがするぬるい風が、三人の頬を撫でていく。
 薄闇の中で、シルクが赤く火照った顔を仰いでいた。

「ふ、ふーふですか。なんでそう見えるのかしら……」

(もしかして、自覚がおありでない!?)

 やっていること全てが、夫婦のソレにしか見えないと告げる。
 というかシルクの良妻っぽさがやばい。こんなお嫁さんがいたら、旦那さんはさぞ幸せなことだろう。
 えっ。ていうか付き合ってなかったんですか。

「なーんか、すごくお似合いに見えるんですけど……。それに、二人のことそういう目で見てる子、多いと思うよ。むしろ恋人じゃなかったらアレなんなん? くらい言われるほどだよ!」

「そ、そうだったの? ふ、夫婦だなんて……ロッソ?」

「あちゃー、凍ってますねこれ」

 まるで絶対零度が直撃したかのように凍り付く炎タイプの姿がそこにあった。
 瞬きすらしていない。心臓も止まっているのではないだろうか。

「おーい、ロッソさーん?」

 ミドリが死人の顔の前で手を振る。反応が無い。やはりただの屍のようだ。
 こういうときは、必殺技を使うしかない。

「あっ! ビートにチグサ! やっほー!」

「!!!!???!???!???!??」

「あ、動いた」

 影も形も無い舎弟たちの名前を呼んでみたところ、ビックゥ!! と跳ね上がってきょろきょろしだした兄貴に笑ってしまう。こうかはばつぐんだ!

「ミドリ、それだけは駄目だ。寿命が縮まったぞ。勘弁してくれ……」
 
「はいはい。で、どうなんですかおにーさん」

「どう、とは」

「みんなから恋人みたーいって思われてることに関して、何かコメントを頂きたくですね」

「……ノーコメントで頼む」

「うわーおもしろくない回答だ」

 顔が赤くなるどころかむしろ真っ青に近いロッソを見て、さすがにこれ以上からかうのはやめておこうと引き下がるミドリ。
 なんかこの二人、ずっとこのままかもしれないなと、そう思った時だ。

「私は、そう思われるのも、アリかななんて……思うんだけど……」

 特大の爆弾が降ってきた。
 シルクの口から放たれたド級の糖分に、ミドリの血糖値が上昇する。
 指先で前髪をいじりながら、目を泳がせているシルク。は? かわいい。
 数秒間の沈黙が訪れ、耐えきれなくなったシルクが歩き始める。

「さ、さぁ戻りましょ。マスターたちが心配しちゃうわ。私も酔ってるのかも……早く寝なきゃ」

「待ってシルク。まだ駄目よ!」

 シルクの行く手を阻むように、ミドリが大手を拡げて立ちふさがる。

「シルクはちゃんと答えたんだもの。ここで答えなきゃ、男が廃るわロッソ!」

 シルクがおそるおそる振り返る。彼女の表情は、もう人に見せられるようなものではない。
 月明かりから隠すように、わずかに俯いて立つシルク。
 それでも、彼女はロッソに向き直ったのだ。
 当のロッソは、また固まっていた。しかし、失神したような情けない固まり方ではない。
 シルクの覚悟を感じたのだろう。彼女もまた、答えを求めていると。
 その結果がどんなものであれ、彼女は聞き入れることを決意したのだ。
 後にも先にも、きっとこのような機会は訪れないかもしれない。
 もし今日、ミドリがいなければ、今までと同じように飲み仲間として続いていたことだろう。
 そんな"日常"が変化する瀬戸際に立っている。
 ミドリもロッソも理解していた。たとえどんな答えを返そうと、シルクは今まで通りのシルクを貫くのだろう。
 だからこそ、返答を待つ。どんな答えであっても、ロッソの口から聞きたいのだという風に。

「俺は……」

 ロッソが、口を開く。
 炎のように赤く染まりながら、目線は逸らしながら。

「今後も一緒に、シルクと飲めればいいなと思う……ずっと、一緒に……」

 嘘偽りも、飾りっ気も無い、彼の本音から出た言葉だった。

「はい。今後もよろしくね、ロッソ」

 シルクは満面の笑顔で返す。そこには、わずかな憂いが帯びていた。
 その複雑な心境を、残念ながらミドリには理解することができない。
 この二人にしかわからない、かけがえのない感情がそこにはあった。
 ミドリもまた、そこに口を挟む勇気はなかった。
 賞賛も、感動も、野次も、嫉妬もない。
 あるのはただ、今日出かけて良かったなという、野暮ったいただの感想であった。

「……帰ろ! 二人とも!」

 シルクとロッソ、二人の間に割って入り、それぞれの手を握る。
 自分に出来るのは、きっとそれだけだった。

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 その後もシルクとロッソは、今までと特段変わった様子もなく、二人で飲みに出かけている。
 二人でいる時間が伸びたとか、物理的な距離が縮んだとか、そういった様子は感じられない。
 お互いの胸の内を明かしあえば関係性が変わると、そういうものだと思っていたがそうでもないらしい。

「と、そういうところにあの二人が大人だなぁと感心するミドリちゃんなのでした。おしまい!」

「……そう」

 時刻は夕方。場所は自宅から程よく離れた森の中。
 夕日の差し込む木々の間で、ミドリはシオンに向かって先日の体験を話していた。
 口外しないと決めたのだが、無理だった。
 話したくて話したくて、あのあまーい砂糖の様な夜を、誰かに共有したくて仕方なかった。
 かといってみんなに言いふらすような真似は、絶対に出来ない。
 そこで、自分と違って絶対に誰かに横流しなどしないであろう人物に聞いてもらうことで、胸の高鳴りを押さえようと考えた。
 その結果、選ばれたのはシオンであった。

「あるぇ? 思った以上に反応薄くてミドリちゃん寂しい」

 まぁ、そうだろうと思う。シオンはこの手の話に食いつくようなタイプではない。
 むしろ、どんな話なら食いつくのだろうか。正直なところ、ミドリもこのシオンという存在をよくわかっていないのだ。
 とはいえ、おかげで目的は達成だ。シオンに何かおごってあげようと思い立ち――

「……ミドリには好きな人いないの?」

「み゜ゃ゛」

 乙女の戦いは、まだまだこれからである。


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